承和12年(845)6月25日〜延喜3年(903)3月25日
学問の神様として親しまれている。
別名、天神様、天満大自在天
天満大自在天は漢訳仏典ではシヴァ神のことであり、天神様の乗り物である牛とシヴァ神の乗り物である牛(厳密には瘤牛)が同じというのは面白い。
父、菅原是善の三男(長男、次男は早世のため実質の長兄)
父親は文章博士
母、少納言伴善続(とものよしつぐ)の女
伴氏は大伴氏の末裔
幼名は阿古、菅三、道真
岳父は島田忠臣(父の門人)
現在の太宰府天満宮本殿が菅原道真公の埋葬地であるが、菅原道真公の遺骸を乗せた牛車が停まった場所ともいわれる。太宰府天満宮の西側は大宰府政庁跡だが、ここは日本初の風水に従って作られた都市。朝鮮半島からの龍脈上にあり、パワースポットとなる龍穴は太宰府天満宮の本殿なのではともいわれている。大宰府政庁跡の鬼門(東北)には宝満山があり、伝教大師も祈祷をした場所。
合格祈願で多くの受験生が訪れるが、学問の神様ということだけではなさそう。
太宰府天満宮本殿裏手には「力石」が奉納されている。学問の神様と「力」の取り合わせに不思議を感じるかもしれないが、菅原道真公の祖先は相撲の神様でもある。このことから力石が奉納されているが、太古の昔から日本では「文武両道」が精神構造であることを意味している。
大宰府政庁に西側には天拝山という山があるが、ここの山頂に道真公は登り天に無実を訴えていた。ふもとに武蔵寺(ぶぞうじ)という天台宗の古刹があり、この境内にある滝で身を清めて天拝山に登っていた。
天皇への忠誠心の篤い人としても知られる。
参考文献:
森本達雄 著、『ヒンドゥー教』中央公論新書
筑紫 豊 著、『私と歩こう博多と大宰府』文献出版、昭和52年
山口宗之 著、『真木和泉』西日本新聞社、平成7年
筑紫 豊 著、『さいふまいり』西日本新聞社、昭和51年
浦辺 登 著、『太宰府天満宮の定遠館』弦書房、2009年
平尾道雄 著、『中岡慎太郎陸援隊始末記』中公新書、昭和52年
浦辺 登 著、『霊園から見た近代日本』弦書房、2011年
坂本太郎 著、『菅原道真』吉川弘文館、平成2年
浦辺 登 著、『東京の片隅からみた近代日本』弦書房、2012年
味酒安則・村田真理 著、『新菅家御伝』太宰府天満宮文化研究所、平成14年
『神苑石碑巡り』太宰府天満宮文化研究所、平成13年
『太宰府市史 通史編2』太宰府市、平成16年
2012年02月04日
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